ピーチマン日記

ベトナム、サイゴンから、金融微生物が日記をお届けします。

本当の優しさ

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(ガッツリビ-ガン)
 
本当の優しさとはなにか。
 
優しくしても、結局お互い死んじゃうとなると、それは本当に優しさなのか。現代社会は死んじゃうまで中々行かないのでそこの所、実に見えづらい。
 
本来そもそも何の為に優しさがあるのか、男女間のみならず、助け合わないと死ぬシーンがあったからではないか。例えば旧石器時代を想像すると、現在の基準で優しさをバラまいたら多分すぐ死ぬ。何人か巻き込んで死ぬ。
 
でもそれは実は今も同じで、中々死に直結しないので見えにくいけど、力が無いのに人を助けるとか、必要の無い優しさを振る舞う事は結局、相手と自分(の成長機会)を殺してるのと同じじゃないのかな、と。
 
ただ、現代でも時々、本当の優しさを感じる時がある。このままだとお互い死ぬかもという大変な状況を共有出来た時だ。そんな時、自然に力のある方が無い方を助ける、実に自然な優しさを感じる。
 
5年程前、『これ2徹だわ死んだ』と私がボソッと言った時の、『手伝いましょうか?』と即言い出す畑中くんの優しさは本当に凄かった。畑中君も前日寝てないのに。
 
結論、優しくするなら強くなれ。強くないなら優しくするな、むしろ弱さを共有しろ、それが出来無いなら組織としての成長は無い。
 
*追記
大変の度合いを共有出来るかどうかはかなり重要かと。人種もそうですが、バックグラウンドが違うとその大変度合いの共有が難しい、と強く感じる。ただ、全員が全員同じ基準を持っていても、事業の継続性という意味では危ないかもしれない。